寺田昭洋さんのポット

こんにちは。
少し前に話題になっていた、セッションという映画を見てみました。

他のすべてを捨てて、たった一つの事を突き詰める(この場合はドラム)という映画だったんですが、相当に面白かったです。

少しだけ、この映画に関する批評等も読んでみたんですが、

「グルーヴがない。」

という批判的(?)な文章を読んで、面白かったと思う一方で、なるほどなと。

ストイックに、徹底して技術を磨き上げていく行為は、いずれにしても圧倒的な凄みが出るとは思うんですが、

”その行為は何のためになされるのか。”

というのが大事な気がしました。

自分の名声の為なのか、それとも自分以外の誰かの為なのか。

主人公の圧倒的な努力は、残念なのかどうか分からないですが、自分の為のようでした。
ですが、だからこそ、一種の狂気が描けているのも事実かと思います。

作品を取り扱いをさせていただいている山本真郎さんは、作品を制作される際には、

「使ってくれる人の事をいつも考えて作っています。」

と、話をされていました。

その行為、努力は、個人的なものなのか、それとも誰かの為なのか。
どうなんでしょうか。
良い悪いではなく、常に自分に問いかけていたいことの一つです。

ただ、一つ言えることは、自分以外の人の為に磨かれた技術は、人と人を繋いで、それこそまさにグルーヴするんじゃないかと思いますが。

それではまた。

写真は実家で使っている、寺田昭洋さんのポット。
毎日使っているので、かなり使い込まれた雰囲気。